5月の楽ままお茶会の参加者様から

こんな嬉しい感想いただいたので、全文ご紹介させていただきます。

 

楽ママお茶会に、初参加してきました!
私には子供が居ないけれど。
でも、違う視点でお話を聴いていました。
私は私の蓋をしていた潜在意識の中を覗けた気がします。

ちあき先生に言われ、不思議な寸劇を、初対面の方と実際に体験しました。
「ヤダヤダという子供役」「それを止める母親」を3パターンやりました。
本気モードです。(>o<)ヤダヤダ!!
どうして嫌なの?何が嫌なの?どうしたいの?
理由がわからないと、子供に向かって母親になった時に思いました。それはとてもとても、もどかしい気持ちになりました。
「やだじゃないの!やめなさい!」
初めて言いました。無意識に、ヤダと体を動かす手を止めるために、最初は座ってたのに、中腰で怒っていました。こんな事、本当はしたくない。止め方も、よくわからない。
ぐずってる子供を怒りたくない、わかりたいのに、わからない悲しいような複雑な気持ちになりました。

そうか、母親も子供と向き合おうと頑張ってるんだ。

口癖のように「お姉ちゃんやから」を言われたのを思い出します。
次に、ヤダから始まり、3秒後に、突然後ろを向かれた時に、突き放された感じがして、余計に声が大きくなりました。一生懸命ヤダって言いました。その行動すらヤダ!なんで見てくれないの?心の蓋が開きました。私、これに敏感に反応して嫌悪感がしました。自分が言ったことに対し、いつも親は理解をなかなかしてくれないと諦める自分がいました。

次に、ヤダっていう子供の私に、「そうだねぇ、イヤだよね」と言われて。共感されると、不思議とヤダを言う気持ちが、スーッと失せていく気がしました。

今回は母と子だけど、これは人間関係に共通で通じる事なのかなと思います。
共感されると、ホッとする部分が多少ありますよね。
心を撫でられるような感覚。
そこに居て良いんだ、みたいな感覚。
私の心にある蓋が開いて、そこで納得がいかなかった魂の叫びみたいなものに対して、もう大丈夫なんだよ、自分で色々決めて。もう顔色伺わなくても、そのまま、ありのままでも側にいてくれる人達がいるから、自分に自信を持とうと思いました。

「お姉ちゃん」じゃなくて、「美紀」という「個」に私はこだわってて、私を見て!ただ笑顔が見たくて、誉められたくて触れて欲しくて本当は頑張ってただけで、本当は全然良い子じゃなくて。ただ私自身と向き合って欲しかったんだよって。ずっとそう思ってたのを、もうこだわるのをやめようと思いました。

お姉ちゃんだったから、うまく甘えられなかったのも、違う相手で甘えてるからもう良いよねって。
もう忘れて、ゆっくり前に進もうね。親も必死に私を育ててくれてたんだよ、それを感謝してるよね。そこには、大きな愛があるんだよ。だからもういいよね、って自分自身の蟠りを赦すような感覚で自分と向き合ったら、浄化されていくものを感じました。

ありがとう。一生懸命育ててくれて、本当にありがとう。今度親に逢えた時に、いつも以上に優しく接しようと思いました。ハンドエステして、色々コミュニケーションとろう(*・ω・人・ω・*)楽しみ!

 

ありがとうございます。

こんな風に自分に優しく・・・

優しさの循環を拡げる楽ままお茶会をどんどん開催していきたいな~!

主催者様大募集です!